– 奚月藁 –
ふたりで耕す場所だけが
本当の季節になる
Ubi duo colunt, ibi verum tempus est.
2020.11.01
窓の外の光が、
まだ柔らかな土のように
静かにひろがっている。
ふたりで
小さな畑を耕す。
鋤は
指先ほどの道具で、
それを動かしていると、
季節が
手のひらの中で
ゆっくり回っているように思われる。
種は
驚くほど素直で、
蒔けば
すぐに時間を育て始める。
気がつくと
太陽は
もう午後の畝を照らしている。
昼の海には
小さな魚のかけらが並び、
皿の上で
潮が満ちてゆく。
昔は
もっと多くの波を
飲み込めたような気がする。
今は
岸辺の静かな潮で
それだけで十分である。
歩く場所は
屋根のある街だが、
足取りは
どこか畑の帰り道に似ている。
湯気の立つ杯の向こうで、
光は
少しばかり午後を休んでいる。
やがて椅子に沈むと、
眠りは
畑の土のように
静かに体を受け止める。
もう一度
畑に戻る。
そこでは
朝と同じ川が流れ、
同じ風が
苗のあいだを通ってゆく。
夜になると
季節は
ゆっくりと
次の日へ移される。
耕された一日は
振り返ると
短い。
畑というものは
広さで決まるのではない。
誰と耕したかで
決まる。
– 奚月藁 –
