– 奚月藁 –
名前は渡されるものだ
火のように
Nomen traditur sicut ignis.
2020.11.02
まだ誰もいない時間の上に
静かな畑が広がっている。
古い季節は
一度、静かに閉じられ、
土は
また最初の日の顔をしている。
畝はまっさらで、
種は
まだ名前を持たない。
だが
土は
蒔かれたものを
すぐに
次の時間へ渡そうとする。
昼の光は
紙のようにひろがり、
遠くから
知らせがひとつ届く。
それは
古い家の鍵のような知らせである。
扉は
すぐには開かない。
ただ
その重さだけが
掌に残る。
火が灯る。
鍋の中で
水が静かに揺れ、
湯気は
家という小さな国の
空へ昇ってゆく。
古い家では
火は
いつも
誰かから
誰かへ渡される。
もう一度
畑を見に行く。
そこでは
朝より少しだけ
苗の背が高い。
土は
誰の手で耕されても
変わらない。
変わるのは
その畑を
誰が引き継いだか
それだけである。
季節というものは
名前を変えながら
続いてゆく。
– 奚月藁 –
